磐城 白石城


お城のデータ
所在地 宮城県白石市益岡町
遺 構 復元天守、城門、曲輪、石垣、土塁、空堀
形 式 平山城 築城者: 藤原経元 築城年代: 寛治2年


見 ど こ ろ
 白石城は、白石市街の西側にある丘陵を利用して築かれた城で現在では益岡公園となっている。

 白石城は、三階櫓(天守)が築かれていた本丸を中心に本丸西側に二の丸を置き、中の丸(白石高校)・三の丸(白石女子高校・市役所)巽曲輪・南の丸・厩曲輪(神明社)・西曲輪(八幡神社)・沼の丸(グランド)などの曲輪が設けられていた。

 雪の降る中の訪城であった。青空をバックに天守の写真を撮りたかったのに・・・。でも、雪に煙るようにたたずむ天守、城門、なかなか見られないモノトーンの城がそこにあった。


歴     史
( 当信寺山門 )
 白石城は、寛治2年に藤原経元によって築城され、その後白石氏を称した。戦国時代、白石宗実が伊達政宗に従って幾多もの戦功を上げ、天正14年に小浜城主となって移り、屋代景頼が白石城代となった。

 天正19年、豊臣秀吉の奥州仕置きにより白石城は蒲生氏郷の持ち城となり、蒲生郷成が城代となった。この時、蒲生氏によって白石城は近世城郭へと大修築された。 

 慶長3年、蒲生秀行が下野宇都宮へ移封され、代わって会津若松城主となった上杉景勝の所領となり、甘糟景継が白石城代となった。

 慶長5年、関ヶ原の役で東軍に与した伊達政宗は白石城を攻め取り、伊達・信夫郡の旧領回復を目論んだが果たせず、戦後刈田郡のみ政宗に加増され、慶長7年に政宗の重臣片倉景綱が白石城に封じられ、以後元和の一国一城令の例外として「城」としての存続を認められ、明治まで片倉氏の居城として続いた。


お城へのアクセス
鉄 道: 東北新幹線白石蔵王駅、JR東北本線白石駅〜バス/市役所前
 車 : 東北道白石IC〜国道4号線
駐車場: 益岡公園の駐車場を利用。


ひとくち MEMO
片倉景綱の居城、復元三層天守が復元された。
  • 白石城城門の移築先
    当信寺 宮城県白石市本町
    専念寺 宮城県白石市中町

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