甲斐 屋代氏館


お城のデータ
所在地 山梨県北杜市明野町上神取字諏訪原
遺 構 曲輪、土塁、堀跡
形 式 居館 築城者: 屋代政国 築城年代: 天文・弘治年間


見 ど こ ろ
 屋代氏館は、塩川の左岸河岸段丘上の台地に築かれている。約100m四方の方形居館形式の縄張りで、現在は館の西面に高さ約3mの土塁が約50mの長さに渡って残されている。

 居館内部は、一部民家敷地となっているが、他は一面水田となっていてかつての居館の遺構などは土塁以外に何も残っていない。ただ、北西角辺りには何とか堀の痕跡を見ることができる。


歴     史
 屋代氏館は、天文・弘治年間に屋代政国は村上義清のもとを離れ武田信玄に従い、この際、政国がこの地に居館を構えた。政国の跡を継いだ勝永は、天正10年に武田氏が滅亡した後、上杉景勝に従ったが、天正11年に徳川家康に仕えた。

 勝永の子忠正は1万石を領したが、寛永9年に松平忠長改易に伴い忠正も所領を没収され居館も廃された。尚、寛永15年に忠正は赦免され安房北条1万石を与えられている。


お城へのアクセス
鉄 道: JR中央本線韮崎駅〜バス/明野総合支所〜バス/上神取公民館
 車 : 中央道須玉IC〜県道604号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
信濃村上氏の一族屋代氏が武田氏に仕えて構えた居館。

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