常陸 志筑城


お城のデータ
所在地 茨城県かすみがうら市中志筑字東
遺 構 曲輪、土塁、移築門(陣屋)
形 式 平城 築城者: 下河辺政義 築城年代: 鎌倉時代初頭


見 ど こ ろ
( 旧小学校内西側の土塁 )
 志筑城は、恋瀬川右岸に向けて南から半島状に伸びた台地の先端部を利用して築かれている。城跡は平成23年まで志筑小学校の敷地であったが、小学校の移転後は広々とした公園となっていて、公園の北から西側にかけて土塁の遺構が残ってる。また、中志筑地区の民家に陣屋門が移築されている。

 旧志筑小学校敷地が主郭であった場所で、江戸時代には陣屋が置かれていた。旧小学校の一段南側下に広がる民家敷地と畑地がなっている場所が二の曲輪があった所。こちらには遺構などは何も残っていない。


歴     史
( 陣屋の移築門 )
 志筑城は、鎌倉時代初頭に下河辺(益戸)政義によって築かれた。その後、南北朝時代になると益戸国行は、南朝方に味方して勢力を誇ったが、暦応4年に足利尊氏の命を受けた高師冬が小田城を攻めた折り、志筑城も攻められ落城した。

 慶長6年、本堂茂親が出羽本堂から志筑8,500石を与えられて入封して陣屋を構えた。本堂氏は代々交代寄合の旗本であったが、明治元年に新田分を加えて10,000石の大名に列した。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR常磐線石岡駅〜バス/中志筑
 車 : 常磐道千代田石岡IC〜県道138号線
駐車場: なし(旧志筑小学校内に駐車可能)


ひとくち MEMO
旧小学校のグランド横に土塁が残るお城。

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