下総 古河公方館


お城のデータ
所在地 茨城県古河市鴻巣字古城跡
遺 構 曲輪、土塁、堀切
形 式 居館 築城者: 足利成氏 築城年代: 享徳4年


見 ど こ ろ
( 城石碑西側の堀切 )
 古河公方館は、御所沼に東から西へ半島状に突き出した台地の先端部を利用して築かれ、現在の古河総合公園内にある旧中山家住宅がある付近側から西側一帯に築かれていた。

 旧中山家住宅の西側に古河公方館の石碑が建てられていて、その西側には堀切と土塁、土橋の遺構が良く残っていた。館の規模も今以上に東側にも曲輪があったと推定される。居館を取り巻く御所沼もかつては渡良瀬川まで繋がる広大な沼であったとか。


歴     史
( 古河公方館の石碑 )
 古河公方館は、享徳4年に足利成氏によって築かれた。成氏は、永享10年に永享の乱で敗死した足利持氏の遺児で、文安6年に再興された鎌倉府5代公方となった。

 成氏は父同様室町幕府と関東管領上杉氏との対立する。享徳4年には上杉憲忠を謀殺し上杉氏との対立が激化すると、幕府は成氏討伐の軍が起こす。成氏は鎌倉から古河へと本拠地を移し、享徳7年には修復なった古河城へと移る。以後28年間続く享徳の乱の火蓋が切られた。


お城へのアクセス
鉄 道: JR東北本線古河駅〜バス/公方公園前
 車 : 圏央道五霞IC〜国道4号線〜国道354号線
駐車場: 古河総合公園の無料駐車場を利用


ひとくち MEMO
古河公方足利成氏が古河で最初に構えた居館。

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