下総 筒戸城


お城のデータ
所在地 茨城県つくばみらい市筒戸字馬場
遺 構 曲輪、土塁、堀跡
形 式 平城 築城者: 筒戸氏 築城年代: 永禄2年


見 ど こ ろ
( 一の曲輪南側の土塁 )
 筒戸城は、小貝川右岸に南北に伸びる舌状台地の先端部を利用して築かれている。現在は、周囲も城内も宅地化されて往時の面影は残っていないが、かつては城の三方を小貝川に派生する湿地帯に取り囲まれた要害の地であったとか。

 筒井城の縄張りは、宅地化により明確ではないが、城内にある禅福寺境内周辺から北側に二の曲輪、寺の東側の台地先端部までの住宅地が一の曲輪と推定されている。禅福寺の駐車場前に一の曲輪北面の土塁と堀跡が良く残っている。さらに、寺の南側の道路沿いに説明板があり、この付近から南に向けても土塁が残っていた。


歴     史
( 禅福寺南側の土塁 )
 筒戸城は、永禄2年に筒戸氏によって築かれたと云われている。しかし、相馬胤親・胤長らの名が文書に残り、守谷城を居城として相馬郡に勢力を誇った下総相馬氏の一族が居城したとも考えられている。

 天正17年、下妻城主多賀谷重経は白井全洞らに命じて筒戸城をせめたが、守谷城からの援軍により攻め落とすことができなかった。天正18年、豊臣秀吉による小田原征伐に際して、相馬氏は北条氏に与したが圧倒的な豊臣勢の前に筒戸城は一戦も交えず開城、北条氏滅亡後下総相馬氏は没落し筒戸城も廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: 関東鉄道常総線新守谷駅〜徒歩約15分
 車 : 常磐道谷和原IC〜国道294号線
駐車場: 禅福寺の参拝者用無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
三方を湿地帯に囲まれていたお城。

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