豊後 富来城


お城のデータ
所在地 大分県国東市国東町富来浦字本丸
遺 構 曲輪、土塁、石垣
形 式 平山城 築城者: 富来忠文 築城年代: 弘長元年


見 ど こ ろ
 富来城は、富来中学校の敷地一帯が城地であった。現在では、地形も変わっているが、城の築かれていた台地は、城の東と北が海に面し、南に富来川が流れて城の堀となっていた。

 現在は、本丸の一部が中学校正門側に小さな公園となって残っているに過ぎない。この公園の東側と南側に一部ではあるが石垣が現存していた。


歴     史
 富来城は、弘長元年に富来忠文によって築かれた。以後、富来氏代々の居城となった。富来氏は代々大友氏に臣従し、大友氏の豊前攻略にも戦功を立てている。天正6年、富来実直・実信父子は日向耳川の合戦で討死した。

 文禄2年、大友義統が改易となり富来統長は日向へと流浪した。替わって豊臣秀吉は、垣見家純を富来城主とした。慶長5年、関ヶ原では西軍に与した家純は、美濃大垣城で討死した。このため、東軍の中津城主黒田如水に攻められた。富来城は城代垣見理右衛門が守っていたが、黒田氏に10日の籠城戦をおこなったが開城した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR日豊本線杵築駅〜バス/柳
 車 : 大分空港道安岐IC〜国道213号線〜県道652号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
天然の要害に築かれた城も本丸の一部が僅かに残っているだけ。

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