常陸 寺具城


お城のデータ
所在地 茨城県つくば市寺貝字笹山
遺 構 曲輪、土塁、堀
形 式 平城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ
( 陣屋北側の土塁 )
 寺具城は、小貝川左岸に南北に伸びる舌状台地の先端部を利用して築かれている。城の縄張りは、丘陵先端部に一の曲輪、北側に二の曲輪、谷津を挟んで東側に三の曲輪を配している。

 近世旗本陣屋(本多陣屋)は、寺具城の一の曲輪に置かれ、今もここを「御陣屋」と呼ばれている。主郭の北側に土塁と堀跡が残る。北側の二の曲輪は「中屋敷」と呼ばれ面積も広く、雑木林と太陽光発電の施設敷地となっている。曲輪の周囲には土塁と堀の遺構があった。


歴     史
 寺具城は、地城年代や築城者については定かでない。慶長8年に松下重綱が居城の石垣を無許可で修築した為、遠江久野から常陸小張16,000石へと移封になり、元和元年に寺具等の筑波郡内の所領一帯5,000石を治める采地陣屋を寺具城跡に設けた。しかし、元和9年には下野烏山へと移封となった。

 越前丸岡城主本多成重の三男重良が元和3年に下総国内で3,000石を分知され旗本に列した。重良は寛永2年に所領を筑波郡内へ移されて寺具陣屋を構え、以後明治まで旗本本多氏がこの地を領した。


お城へのアクセス
鉄 道: 関東鉄道常総線下妻駅〜バス/上筑波自動車学校
 車 : 圏央道常総IC〜国道294号線〜国道125号線
駐車場: なし


ひとくち MEMO
明治まで旗本陣屋として続いたお城。

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