大隅 仁田尾城


お城のデータ
所在地 鹿児島県霧島市福山町福山字前平
遺 構 曲輪、土塁、空堀
形 式 山城 築城者: 源 宗綱 築城年代: 平安時代末期


見 ど こ ろ
 仁田尾城は、牧之原台地から西に向かって半島状につき出した丘陵状に築かれ、三方が崖となった要害の地に築かれている。

 現状は、本丸が駐車場となっていて片隅に石碑が建てられている。本丸が最高所にあり東南に二の丸が設けられている。二の丸は全域雑木林となっている。資料によれば、一部石垣や土塁等が残って居るとのことであったが、周囲を探索したが確認することができなかった。


歴     史
 仁田尾城は、廻城とも呼ばれ、平安時代末期に源頼政の孫宗綱・広綱・有綱の兄弟がこの地に配流され廻村を与えられ築城した。その後子孫は廻氏を称した。

 永禄4年、肝付兼続は廻氏15台久元が盲目となり、また子の頼員が病弱であったのに乗じて仁田尾城を奪取した。島津貴久は同年廻氏救援のため廻に出兵し仁田尾城を攻めた。この攻城戦で貴久の弟島津忠将が戦死した。その後、仁田尾城は島津氏の所領するところとなった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR日豊本線国分駅〜バス/上之茶屋〜徒歩約20分
 車 : 東九州道国分IC〜国道220号線/福山宮下〜県道478号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
三方を絶壁となっている要害のお城。

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