近江 歓喜寺山城


お城のデータ
所在地 滋賀県大津市大物
遺 構 曲輪、土塁、堀切、竪堀
形 式 山城 築城者: 観喜寺 築城年代: 戦国時代


見 ど こ ろ
( 鞍部の堀切 )
( 北の城南側の竪堀 )
 歓喜寺山城は、比良山系の山中にある歓喜寺が城郭化された歓喜寺城の東側に南北に伸びる尾根筋に築かれている。谷筋の歓喜寺城を見下ろす位置にあり、南先端部からは眼下に琵琶湖を一望することができる。

 城の縄張りは、支尾根の北側のピークに北城、南のピークに南城を配し、その間の鞍部には堀切を設け、更に北城の南側にも堀切を設けられている。歓喜山城の中心は北城で、主郭にはL字形に土塁が残り、東と西側に虎口が開かれている。

西の虎口から西側の尾根には小規模な段曲輪が並び、先端部には堀切が設けられていた。この曲輪群先端から急斜面を降ると薬師堂東側にある二段に分かれた僧坊跡に降りることが出来た。


歴     史
( 北城西側先端の堀切 )
 歓喜寺山城は、戦国時代に歓喜寺によって築かれた。元亀元年、北近江から高島・志賀を舞台とする織田信長と朝倉・浅井連合軍による「元亀の兵乱」が始まる。

 元亀年間に織田信長との「元亀の兵乱」に対処するために歓喜寺は城郭化され、更に防衛を強化するために歓喜寺山城が築かれたと考えられている。元亀2年、信長は朝倉・浅井方に与して信長に敵対した「比叡山焼き討ち」が行われ、歓喜寺も元亀3年に兵火により焼失したとの伝承があり、織田勢による比叡山焼き討ち後の掃討戦により攻められたと考えられる。


お城へのアクセス
鉄 道: JR湖西線志賀駅〜徒歩約45分(登城口)
 車 : 名神高速京都東IC〜国道161号線(湖西道路)
駐車場: なし。(薬師堂境内に駐車可能)


ひとくち MEMO
歓喜寺城の東側尾根筋に築かれたお城。

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