播磨 加古川城


お城のデータ
所在地 兵庫県加古川市加古川町本町
遺 構 なし。
形 式 平城 築城者: 糟屋有数 築城年代: 鎌倉時代


見 ど こ ろ
 播磨守護所であり、賤ヶ岳七本槍の一人糟屋武則の居城であった加古川城、現在では全くその面影は残っていない。

 加古川城は、国道2号線沿いの称名寺境内から北西部にかけて存在したといわれていて、ここが城跡だと証明するのは、称名寺山門脇に加古川城の案内板だけだ。


歴     史
 加古川城は、寿永3年に平氏追討の戦功により糟屋有数が源頼朝よりこの地を与えたれ築城した。鎌倉時代には加古川城は播磨守護所で守護代糟屋氏が在城した。

 天正5年、羽柴秀吉が毛利討伐のため播磨へ入り、加古川城(糟屋の館)で軍議を開いた。その後、12代城主糟屋武則は秀吉に従い賤ヶ岳の合戦では七本槍の一人に数えられ、加古川35,000石を秀吉より与えられた。


お城へのアクセス
鉄 道: JR山陽本線加古川駅〜バス/加古川橋東詰
 車 : 加古川バイパス加古川IC〜県道18号線〜国道2号線
駐車場: 称名寺参拝者用の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
賤ヶ岳七本槍の一人糟屋武則の居城

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