筑前 犬鳴別館


お城のデータ
所在地 福岡県宮若市犬鳴
遺 構 曲輪、石垣
形 式 居館 築城者: 黒田長溥 築城年代: 元治元年


見 ど こ ろ
 犬鳴ダムのある犬鳴谷の奥部の丘陵を利用して築かれている。現地を訪れると、「外国船からの来襲から藩主を避難させるため」としても、よくもここまで山深い地を選ぶ必要があったのかと疑問に思う。

 築城に当たった加東図書らが乙丑の獄で「犬鳴別館に藩主の幽閉の図っている」と云う流言も、現地に立つと真実味を帯びた流言であったと思えた。

 犬鳴別館の縄張りは、丘陵の山腹を6段に削平し、各段とも石垣で固め、最上段に藩主御殿を設けている。現在は、最上段と次の段が公園化されていて、最上段の二つの虎口と南面の石垣が良く残っていた。


歴     史
 犬鳴別館は、元治元年に福岡藩によって築かれた。安政元年に福岡藩執政に就任した加藤図書は、嘉永以来の外国船来航に備え、有事の際に沿岸部の福岡城から藩主の避難場所を沿岸部から離れた場所に御殿(別館)の名目で築くことを建議した。元治元年に藩主斉溥(長溥)の承認を得て着工、慶長元年に完成した。

 幕末の福岡藩内では、勤王派と佐幕派の勢力争いの結果、慶長元年に「乙丑の獄」により勤王派の藩士が処罰され、加藤図書も切腹となっている。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR鹿児島本線博多駅〜バス/司書橋〜徒歩約40分
 車 : 九州道若宮IC〜県道30号線〜県道92号線〜県道21号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
外国船からの来襲から藩主を避難させるために築かれた御殿(別館)

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